怒りを手放すと人生が好転する

  
日々の生活をしているなかで、
ついつい沸々と湧き上がる
「怒りの感情」は誰にでもあるものです。
 
今日は、私の怒りの原体験について、
さかのぼってみたいと思います。
 
どうやら私の場合、
あまたごなしに、
誰かに何かを強要されたり、
押さえつけられる時に
 
怒りの沸点は瞬時に
メモリを振り切れるようです。
 
後になって
「ああ、やっちまったな」って思うのですが、
本人は至って真面目に怒っています。
 
そんなことにも原体験が
あったと知ったのは実は最近になってです(笑)
 
 
思い起こすこと34年前。
小学校5年生のときに
新任の男性教師が担任になりました。
理想を持った、しゃかりきで熱血な方でした。
 
1~4年までは比較的優しい先生が
多かったのでクラス中にヤバい!
という緊張感と衝撃が走ったのは
言うまでもありません。
 
私は忘れ物が多い子でしたので、
事あるごとに叱られ怒られ、
廊下に立たされることもしばしありました。
 
決して、ぼーっと生きていたわけでは
ないのですが、忘れ物をしないように
確認する習慣がなかったようです。
 
でも、
ある日やはり忘れ物をしてしまいます。
 
先生に教壇の前に呼ばれ、
みんなの前で叱責がはじまりました。
 
「なんで忘れたのか言ってみろ!」と
凄まれたので、嗚咽をもらし
えぐえぐと泣きながら・・・
しどろもどろに説明したわけです。
 
「忘れました。すみません」の一言で、
終えればよかったのに、
へたに弁明しようとしたので、
それが自信のなさにつながり・・・・
 
「・・・・です、もの」と
少し女の子っぽい回答になってしまったのです。
 
すると、その担任はその言葉尻を捉え
「おまえは女か?」とクラスのみんなの前で
私を散々笑いものにしました。
 
当時好きだった女の子の前で
恥ずかしい思いをしたのも記憶しています。
 
そして、
もう2度と心は開くまい!と誓ったのです。
 
それ以来、本心を言うと笑われると思いこみ。
人に心を開いて傷つくのが怖くなってしまいました。
そして、ならば黙っている方が楽と
自分の意見や本音をみんなの前で言うことに
フタをしてしまいました。
 
いま思い出しても
冷や汗を感じ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら
弁明している姿を思い出します。
 
必死に耐えながら、
心の中では、はやくこの時が過ぎてほしいとだけ
思っていました。
 
 
そして、
その時に戻れるとしたら
「担任の先生に何て言いたいか?」と考えてみたら
この悲しみの感情の裏には、別の怒りの感情が
隠れていたことにも気がつきました。
 
「ふざけんじゃねえー!
 バカヤロー!
 オレをダメだなんて言うな!
 ●×▲!!・・・」
 *これ以上は、暴言なので差し控えますね
 
結構、過激な怒りの言葉が次から次へと
ノートに1ページ分でてきました。
 
あっはっは。
こんな感情が隠れていたとは
気がつきませんでした。
 
 
やがて、書き終えて
その感情を味わうと・・・
一筋の涙がツーと頬をなでていきました。
(オッサンでも涙は流すのです!)
 
そして、今度は別の感情が湧いてきました。
怒りの感情のさらに裏側には
別のかなしみが隠れていたのです。
 
それは、
自分を否定された悲しみです。
 
それは、
うまく表現できない自分を
分ってくれない悲しみでもあり、
 
もう誰も信じないと
殻に閉じこもってしまった悲しみ
 
人を信じたくないと思った悲しみ
心を閉ざした悲しみ
などです。
 
ホントに
つらかったんだと思います。
 
だから「感情にふた」をして
しまったのだと思います。
 
 
小学校5年の不器用な男の子にできることは
自分を守ることだけ。感情にふたをして傷つかない
ようにすることが一番の近道だったわけです。
 
 
その後、大人になってどうなったかって?
・人を頼ることが苦手になり
・本音を言うことが怖く
・人前にでると笑われると思いこみ
など
 
笑っちゃいますね。
カンペキに自己開示をしないブロックが
かかっていますよね。
 
もう45歳になるというのに
小学校5年生の出来事を引きずっているなんて。
 
でもね、
つらかった自分を
もう解放してあげようと思います。
 
それらは、もう終わったこと。
 
いまも引きずり続ける必要など
これっぽっちもないですしね。
 
後に
私の妹も同じ先生の担任を経験しますが、
そのころには、結婚して子供も生まれて
まるで別人のようだったと母親がときおり
思いだしては話をしてくれます。
 
未だに、かたくなに心を閉ざしている自分。
さっさと、先のステージへと進んだ担任の先生。
 
きっと担任の先生にとっても
魂の成長のために必要だったことだと思って。
つらかった自分を認めて
もう解放してあげようと思います。
 
これ以上、つらい思いを抱えたまま
走り続ける必要なんてこれっぽちも
ないのですからね。
 
つらい感情には
多くの事を学んだよ。ありがとう。
でもいまの自分にはもう必要ないよ。
と言って手放してあげたいと思います。
 
ゆるせなかった自分を許してあげたいと思うのです。
 
 
 
 
実は誰にでも、
見えないブレーキがあるのかもしれません。
それは、気づかないうちに身につけた
自分を守る術だったりします。
 
あなたにとってのお怒りポイントや
手放したい感情など。
 
過去のある出来事に、
心当たりはありませんか?
 
 
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   ライフコーチ 大槻 篤志
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